三重県精神保健福祉士協会とは

 

 

組織・役員

役職 名前 所属
会長 下方 宏明 障害者相談支援センターソシオ
副会長 寺田 浩和 伊賀市社会福祉協議会
副会長 山本 綾子 三重県津保健所
副会長 牛塲 裕治 総合心療センターひなが
事務局長 田中 雅也 障害者相談支援センターHANA
顧問 浦田 成弘 あけぼの園
地区委員 桑名 山下 貴也 多度あやめ病院
地区委員 四日市 沼倉 聡 水沢病院
地区委員 鈴鹿 齋藤 綾子 鈴鹿厚生病院
地区委員 津 濱 幸伸 三重県立こころの医療センター
地区委員 松阪・伊勢 辻 陽平 松阪厚生病院
災害対策委員長 辻 謙二 東員病院
研修担当 天春 卓也 障害者総合相談支援センターくわな
研修担当 三上 政和 三重県伊勢保健所
代議員 辻 宏明 鈴鹿厚生病院

会長挨拶

平成24年度から三重県精神保健福祉士協会の会長を務めています下方宏明と申します。このページをご覧いただき、心より感謝いたします。当協会は日本精神医学ソーシャル・ワーカー協会東海支部の三重ブロックとして古くから活動しておりましたが、平成12年度から三重県精神保健福祉士協会として独立し、現在に至っております。発足当初は50名程の会員数でしたが、現在は160名を超える規模となり、仲間が増えたことに大変嬉しく思います。
本来ならホームページ開設のご挨拶の場であるべきところでございますが、この場を借りて、少し昔話をしたいと思います。

私がまだ学生だった、20数年前。当然ながら、精神保健福祉士という資格はまだありませんでした。しかし、当然のことながら精神医学ソーシャル・ワーカーとして、既に精神保健福祉分野には定着した職種であり、先輩方の実践は学生であった私たちの眼にも、熱く映りました。
児童養護問題を専攻していた私は、親の精神障害により子を養護できない事例から、精神障害者の方々が抱える問題を知りました。このような領域にほとんど関心が無かった私は大変衝撃を受け、特に精神科病院の社会的入院の問題に強く関心を抱きました。何故こころの病にかかっただけで当たり前の暮らしが送ることができなくなるのか?当時から精神疾患は誰でもかかり得る病気だと知られていましたが、精神疾患にかかるだけで何と不利益が大きいのだろうか、また私たちの何気ない暮らしが実は偶然によって成り立っているという、社会の危うさに大変不安と憤りを感じました。
 精神障害者の社会的復権と福祉のための専門的、社会的活動を進めていくPSWという仕事に魅力を感じ、残りの大学生活では課外実習でしたが精神科病院等をいくつも実習させていただき、PSWになることを目指しました。ほとんどPSWの求人が無かった時代でしたが、たまたま愛知県内の精神科病院で求人があり、縁があって働かせていただくこととなりました。
念願のPSWとして働くこととなったのですが、現実は甘くありません。医療の中の福祉職という孤立感、これは聞いていた以上に辛いものでした。青臭い、学生上がりの新米が、簡単に理想を追求できる訳がありません。次々に壁にぶち当たっていきました。
 このような中、日本精神医学ソーシャル・ワーカー協会東海支部(当時)との出会いがありました。当時は資格化される前だったので、日本精神医学ソーシャル・ワーカー協会に所属していることが、自身がPSWであるといった担保のようなものだったのです。それで「何となく」入会したのですが、そこは所属機関を超えて様々な世代のPSWが集まり、相互に支え合える、大変居心地のよい場でした。また同年代のPSWが意外に多いことも知り、横のネットワークも広がっていきました。
協会活動の中で様々なことを学び、教えていただきました。事例検討で、私が必死に利用できる社会資源はないかと読み込んでいた時、他所属の先輩PSWから、さらっと「本人はどうしたいの?」と指摘され、私が本人不在で支援を進めようとしていることに気付かせてくれました。日々の業務に流され、いつの間にか本人不在の支援をしていたことを反省し、以後は必ず本人と会って話し合うことを大切にするようになりました。専門職として相互に磨き合えることも協会の魅力だと思います。
新人の頃多くの躓きもありましたが、今もPSWで有り続けられるのは、PSW協会があったからだと思っています。私が三重県精神保健福祉士協会に移って10数年が経ちますが、当協会においても、PSWを目指そうとした想いを継続して抱き続けられるよう、会員一人一人が相互に支え合える協会を目指したいと常に考えています。

このホームページをご覧になったPSWの皆さん、私たちと一緒に活動しませんか?

三重県精神保健福祉士協会 会長
公益社団法人日本精神保健福祉士協会三重県支部 支部長 下方宏明

沿革

事業方針・計画等